カテゴリー別アーカイブ: MONOLOGUE

韓国の歌謡曲のドキュメンタリー(ポンチャック、アリラン)を見ていて、思い出したこと

韓国の歌謡曲のドキュメンタリー(ポンチャック、アリラン、木村栄文)を見ていて、思い出したことがあったのでメモ。

実家の隣の家は、私が確か中学くらいまで韓国人のおばあさんと、日本人のおじいさん(多分愛人?)が一緒に住んでいて、飲み屋をやっていた。

夜になると、哀愁の漂う軍歌が聴こえてきて、犬がいて、たまに遠吠えしていた

小学1,2年の時のクラスメートのKちゃんという、なんか小汚くていじめられっこだった子が家に遊びに来た時に、隣にお父さんが来ているというので、そのとき初めて中に入ると中庭に葡萄棚が作ってある平屋で、大きな犬が飛びついて来て、ビックリした記憶がある。

私のお婆ちゃんは私が生まれたとき既に70代の明治生まれの元従軍看護婦で、よく戦時中の言葉を使っていてたまに使う言葉が怖かった記憶がある(今だと放送禁止用語とか、外国人を警戒しているとか。別にお婆ちゃんがこわかった訳ではなく、子供心に戦争中のままの考え方は怖いと思ったということ)。

ドキュメンタリーを観た後に、あの軍歌を歌っていたおじさんたちは、どこの人たちだったんだろう?あの隣のおばあさんは、なぜ岐阜の田舎で飲み屋をやっていたんだろうと少し疑問に思った。(多分普通の人達でどこにでもよくあることだったんだろうけど)
今ではもうわからないことだけど。明るい人で、いつも笑顔で挨拶を返してくれた。

今思うと、あんな風景(ふつうに軍歌歌うおじさんとか)もういないなー、あの時から結構経ったんだなーと思った。

大丸ラーメンイベントについて

昨日徳三の「大丸ラーメン」が終了するということで
葬儀イベントがあるとのこと、でも別用があったので
終わりがけ(22:30とか)にとりあえず行った。
少ししかいられなかったけどとっても楽しかった。

舞台に5人ほど(社長の森田さん含む)ちゃぶ台で腰掛けて、
大丸について話している。
大丸が出来た頃の今池の街のスライド
路面電車、ソープ(本番在りかなしか)、映画館など
違う意味でも面白い話が聞けた。

それにしてもちらしから、葬儀用のパネルから
大丸ラーメンのサンプル(3つもあった!)
大丸ラーメンを模した、ラーメン、具、調味料まで用意されていて
違う意味でも感動!
これを企画した人たち(多分森田さん中心??)はマジすごいと思った。

地震の避難(東京お台場)をして思った事

たまたま旅行中に避難する事になったのでびっくりした。
常に心と、モノの両方の準備が必要だと思った。
(何かの参考になるかもしれないと思って取り急ぎメモすることに)
あと原発のことも調べてみよう。。
参考:
Japan earthquake how to protect yourself
サバイバル wikipedia

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困っている人を見たら助ける。

自分が困った時に助けを求める方法っを知っておく
(見つけてもらいやすくする方法とか、煙、旗など)
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・何かの災害に備えて、常に最低限の用意はしておくべきだと思った。
(乾パンと水、発電機付き懐中電灯、マッチ、ライター、ナイフ、ビニール袋、布、かっぱ、蒸留器など)

・いざと言う時、どういう処置をするのが懸命かを知っておく事
(シェルター(避難所)の場所、火災、水害、地震など)。

・家族や友達とはぐれた時に、電波が無くても連絡を取れる方法をあらかじめ決めておく。

・怪我をした時(火傷、切り傷等)や空気が悪い時、寒さ、熱さをしのぐとき、の方法を知っておく(下記に少しだけ書き加えました)。

・電気が通わなくなった時、
火が無い時、水が無い時にどうにかする方法(自然にある素材での火の起こし方や、海水や山の土からの水の作り方など)

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[今回知った方法]
・仲間と居ると安心できる(大事!いなくても、誰かと一緒に)
・衣・食・住の確保(寒くない格好、食べ物、安全な場所)

・慌てない為の自分の中での決めごとを作っておく(手のひらに人の文字を描くとかでもいいけど、まずどうするか、とか)

・知らない人と助け合う。
・復帰するまでは、何でも節約する。
・落着いて正しい情報を得る事:
情報をしっかり集める。普通はどこかでテレビ、ラジオ、インターネットが通じるはずなので、それをしっかりキャッチする。
私は地震直後、興奮していてほとんどちゃんと聞いておらず、自分の目に見える範囲しか見ていませんでした。翌日ニュースをみて本当にびっくりした。
知っていたらもっと違う行動をとったと思う。

・電気が通らなくなった時の方法を心構えしておく。
(どこに行けば備蓄電源があるかとか、無くてもどうにかする方法とか)

・水が無いときの食器の使い方:
毎回サランラップをひいて食器を使うと、洗わなくてよい

最短、最善を優先する

私はこんな時に折角新幹線に乗れたのに、
予約していた夜行バスに乗れると信じていました(乗れなくて、親切なお方の家に泊めてもらい、翌日新幹線で帰りました)緊急の時に合わせた方法で移動することが大事だと思った。
今回は無事に帰れたし。泊まらせて頂いた人の話を聞いて、地震がどんなにひどいかを再認識出来たし、都内の混乱も見てどうなるかを把握できた、、という考え方もありますが、、でもすぐに帰るのがベストだったと思う。

寄付をすること:

逆の立場は充分あり得るから、自分や自分の家族を助けるような気持ちになって行動したい。「明日は我が身」
【東北地方太平洋沖地震 災害募金のお願い】 – DMMクーポン http://coupon.dmm.com/deals

[怪我の治療メモ]
火傷:
高温のものに触れた =>直接流水で5分以上冷やす。(目安としては痛みを感じなくなるまで)
・直接流水をあてられないときは、アイスノンなどで冷やす。
小さなやけどでも、約20分間冷やした後に医療機関へ来て下さい。チンク油・リバノール・赤チンなど、まして、あぶら・じゃがいも・醤油などでの処置は絶対しないでください。やけどのあとが、ひきつれたりケロイドになったりすることが多いからです。

けが(切り傷、擦り傷)の出血
何よりも大切なのは、出血しているところを直接押さえて止血することです。要するに3分間じっと傷口をおさえることです。この際「血は止まったかな。」と途中で押さえるのを止めないようにすることが肝心です。
出血のときにしてほしくない処置=>民間療法はしてはいけない
傷口に土や砂は、けがをしてすぐは水で洗い流せる、が、しばらくすると、傷口の血液や浸出液が土や砂といっしょに固まりとれにくくなってしまします。ですから、けがをしたら、水道の流水で傷口をあらってください。水道水には塩素が入っていますので、多少の消毒の効果もあり、医療機関に行く場合はさらに消毒をする必要はありません。むしろ、色素が入った消毒液や粉末状の消毒剤は、けがの状態が見えなくなるため、診断の妨げになってしまいます。
骨折は動く:動かないのは神経が切れている場合
参考:けがの応急処置

小さなけがについて Little Injury

この春からした怪我について考察:
この春からちょこちょこ珍しい怪我をするので書留
自分の注意不足もあるが、自分が悪くないのも多い気がするので怖い。
お祓いでもしようかなー
ここ数ヶ月こんなことばかりやってたので『チキン(チキンハート=気の小さいこと)』と呼ばれるまでになってしまった。誰か助けてー!!
あと怪我には注意!!特にやけどと虫!!

3月末頃:左手の親指の爪をはさむ>未だ爪が半分変な状態、いつになったら治るんだろうか?

4/29(Holiday)山に行った所マダニに刺される
詳細:5/1に太ももになんかかさぶたがあるな~と思っていたら、5/5頃に白くなっていたので、あ!膿んでる!と思い、つぶそうとしたらぽろっと取れたので、見るとかさぶたに「足」が生えておる!!なんじゃこりゃー!!休み明けに会社の人に皆にダニがうつると困るから名大病院に行ってくれと言われていくもたいした事はないと言われ今に至る。マジ怖かった、、
参考サイト:わあ~!!!!!!かさぶたが歩いた…マダニ?

5月中頃:左手の親指の付け根をアイロンで焼いてしまう

5月:左足の裏に怪我>今も治療中

6/20 とあるパーティの為にワラビモチの黒蜜を作っていた所、黒蜜が左手の親指付根、人差し指、中指に飛びやけど、これはびっくりするくらい深いやけどになった、今も皮膚科に通院中
やけどの2次感染について
オルセノン
6/30 名古屋市中区のとあるビルの屋上にて、ミツバチの養蜂を観に行った所、右手を3カ所刺される。30人くらい人がいたのに、何故か私だけ、、どうも黒いそでがいけなかったらしい、心臓にくる痛さだった><ハチは可愛かったけど、、痛い!ハチに注意!

7/1 爪を切っていた所、爪が右目に入る>特に何もないが痛かった。

後日tekitoさんからの指摘>>
○○したら××になったという感じで書いてあるので、○○するときはこうしたほうがいいとかこれはやってはいけないって感じで書いておくとさらにいいと思います。

tokyo 0705

午前中に着いていろいろ歩き回った

アリアンスポートの事務所素敵だった
VACANTの大友さん、伊藤くんらの展示がめちゃ面白かった(ライブもみたかった!かぶってた)もうりさんに何年ぶりかに会ってなんかテンション上がった
青山マンダラでのBigFishLive : RIAL FISHと戸田誠司さんのライブを観た。面白かった!
トークは天然なかんじ,曲も映像もよかったー、メロディよすぎる
あと有名な人がたくさん来ていた(私がみただけでも10人くらいメディアに載ってる人がいたtwitterで有名なtudaさんとかの顔もみえた)
あと天才アニメーターの友達んちに泊まっていろいろしゃべったありがとうー
ていうかこのひと月移動しすぎでばてたー

粟津潔『デザイン巡遊』

粟津潔さんを知らなくてこの間の展覧会は行かなかったのに
つい最近たまたま知って読んでみた。
デザインもすごいと思うけど、むしろ文章でびっくり

すごい!早い!

今でも早いと思うような感覚、頭のよさを感じる文章に
まずびっくり、さすが日本を代表するデザイナー!!
なんていうか、その辺の何かと比べられるようなのではなかった。。

そして、最後の部分に戦争のことが書いてあったのが
何より衝撃だった。
戦争の時代をリアルに感じている世代の人が
こんな先端の感覚をもってしかも1966年?とかに
その本が出版されていることが。。

田舎育ちの自分はもうどうしていいかわからなかった。
(この本には私がいい年になって
ようやくなんとなくわかってきた事柄がかいてあった
ていうか、わたしが遅すぎるのかTT)

ただ、昨年たまたま戦争特集をたくさん観ていて
じいちゃんとか戦争行ってたんだよなーとか
はじめて太平洋戦争を身近なことに感じて
しかも、その体験者が今でもリアルに存在するんだなーと思っていたので
(原爆とかはもうトラウマっていうか、戦争っていうより
もう恐怖?こわすぎて現実のこととしてとらえられなかった)

この本、自分的にリアルタイムだった。

最近気になった事など

今日、どんどん店が変わって行く場所ってあるよねっていう話をしてたら

友達が、あーあそこねあそこは角でしょう
角は危ない事が多いと、

実際、角の店は年に何回か車やバイクがつっこんでくるとこもあるらしい
私はそういうのをみたことがないのでびっくりしたが、
その友達はあそこの角も、某通りのあそこもたまにあるんだとか言ってた

街単位で、●●町の雰囲気とかはよく意識してたけど

ピンポイントでは考えた事があんまりなかった
確かにそういうのってあるなと

これはお店の例だったが

もしかすると同じマンションにすんでても、
部屋によってとか、席によっても全然状況が変わったりするのかもしれないとか思ったりした

ただ、その場所や状況の力を乗り越える事もあるだろうと思う
どんな状態になっていても、乗り越えられることはあるんだ!
気力で乗り切れ!!
とわたしはHさんに言いたいのだった(自分にも?)

という独り言でした。。