+たまたまインタビュー+ vol.27「愛知県美術館の主任学芸員の越後谷卓司さんのお話 その3」

インタビュアー:フィリップ(ワラビモチ愛好会会長、IAMASアカデミー5期生)
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今回は、愛知県美術館の越後谷卓司さんです。2021年のはじめ頃にたまたまアートラボあいちに展示を観に行った時にお会いしたので、インタビューをお願いしました(インタビューは3/14に芸文センターにて)。
フィリップ(以下P):「学芸員の仕事を長年されて来られていらっしゃいますが、これまでやって来られてどんな感じでしょうか。」越後谷さん(以下E):「まあ、学芸員と言っても色々なスタンスの人がいて、扱う作品とか時代とかによるので、僕の場合対象が現役の作家とか、古くても100年前なので、そういう前提で言うと、作家がやりやすいように、やりたいことが実現できるようにしてきたのかな、と思うし、まず作家ありきで「オリジナル映像作品」の制作を担当しているんですけど、作家が企画を出してきて、そこをいかにして形にするかのお手伝いをしている感じです。」P:「へえー」E:「一方でもう完成してしまっている作品に関しては、自分なりの視点やテーマで上映会をやったりしているので、そこには作家の作品とは別の切り口があって、それには自分の持ち味は出ていると思います。」P:「今までの上映会で一番気に入っているものは何でしょうか?」E:「気に入っていると言うか、やって良かったなと思うのは、ジョナス・メカスの特集で1995年ですけど、ビデオ作品の上映をやったんです。メカスはフィルムの人で日記映画の創始者と言われているんですけど、そう言うのはもう見てたんですね。でもビデオも撮っていて、それはまだ見ていなくて、見てみるとフィルムだとコマ撮りですが、ビデオだと長回しなんですね。ひたすら人物とか風景を延々と撮っているんですけど、それが僕には面白かったんですね。なにぶん6時間くらいのすごい長いのを上映したりしていたんで、一般の人の反応はあまり良くなかったかもしれないんですけど、あの時点で紹介できたのは良かったですね。」P:「見る人は見るけど、普通の人は見きれないような感じだったでしょうか。」E:「長い作品に関してはそうですね、6時間だと1日潰すことになるし、見る側もよっぽど肝が座っていると言うか。」P:「ここ(芸文センター)に来られたばかりの頃ですよね。」E:「そうですね、ここには1992年に来たので、ただ、若いうちに勢いでやっちゃうのが良かったんじゃないかな。もっと年齢重ねるとなかなか手がつけられないと言うか、物事をわかってなかったので、やってしまったと言うところがあるので。」P:「勢いは大切ですね。あと、愛知芸術文化センターの方針みたいなことも教えていただけないでしょうか?」E:「出来た頃は劇場と美術館が一緒になった複合施設という意識がすごくあったんですね。フォーラムという吹き抜けを使ったりもしていましたが、段々やりにくくなって、今は組織もはっきり別れたので、複合性や連携が薄れたのはちょっと残念です。」P:「そういう流れはここだけじゃなく、もっと全体的な流れなんでしょうか?」E:「水戸芸術館とか、川崎市市民ミュージアムとか、愛知よりもっと前に出来たところも統合です。愛知より後の東京都現代美術館とか徐々に大型の施設でジャンルを特定するものが出来始めて、そちらの方が今は主流でジャンルを深められるみたいな感じになっている気がします。」P:「なるほど。」E:「そうは言っても、YCAM(山口情報芸術センター)みたいな施設もあるし、完全に流れが変わった訳ではないですけど、中で働いている人たちの意識と関係しています。」P:「ジャンルによって思想が違うということでしょうか。」E:「美術館は作品ありきで作品を守り伝える、公演は現場で新しいものを作っていくという意識があるので、もちろん現代美術みたいにその場で立ち上がっていくものもあるんですけど、常に作品の収集活動したり、それをどう見せるかみたいなことがある。お客さんの意識も、劇場で同じ演目が何年かごとに再演されて、作品が育っていったりするのを観て楽しむようになるとちょっと変わるのかな。そういう土壌が出来た時に初めて本当の意味での複合性のとっかかりになるかもしれないけど。」P:「思想が違う人が集まると難しいことも起こりますが、面白いと思います。ここ10年くらいアーカイブとか再演とかよく聞きますが、愛知県美術館でもアーカイブ活動が行われているでしょうか?」E:「作品だけでなく、資料ですね。作品が完成するのに至るスケッチとかメモとか記録とかそういったものも含めて、残していかないと、本当の意味で何が言いたかったのか伝えられないということで、それは世界的な課題になっています。過去の掘り起こしとかとても労力がかかるし、どう展示するのかなど…。」P:「時間と人手と大変ですね…。話が実験映像に戻るんですけど、その当時は新しいメディアが出てくると別のジャンルの作家が入ってきたということなんですよね。」E:「例えば画家だったら、キャンバスに描いた絵が動かせるから、動くことで違うものに変えられるとか、マン・レイも写真は動かないけど、動画にしたら写真では出来ないことが出来るとか、新しいメディアが出てきて浸透する時には皆飛び付くんだけど、本来は更にそのメディアを深く追求することが僕は重要だと思うんですけど、個々の作家は続けていても、一般的な認識はそうはならないですね。それは残念ですね。」P:「後、これが最後の質問なのですが、これからの実験映像に期待することは何でしょうか?」E:「今は大学で正規のカリキュラムで映像教育が行われるようになり、「ぴあフィルムフェスティバル」なんかでも大学対抗みたいになっていて、技術や俳優の演技レベルの水準が上がってきているのですが、正規の教育がなかった頃の、例えば園子温とか黒沢清とかも、やりたいという衝動だけで、誰からも頼まれなくても撮るみたいな…。学校教育の重要性は否定しないのですが、何かやむにやまぬ衝動にかられて撮ってしまうような冒険心というか、チャレンジ精神がどこかに残っていて欲しいなあと。技術的は低いけど思いが伝わってくるような作品は、かつては「イメージフォーラム・フェスティバル」に、何本かそういう作品はあったんですけど、今は技術水準が上がっているので…。」P:「なるほど、衝動的なものも残って欲しいですね。」E:「そうですね。」P:「長いインタビューにお答えいただき大変ありがとうございました!とても勉強になりました。」
Warabimochoja ワラビモ長者 愛知県美術館 主任学芸員 越後谷さんのお話 後半https://youtu.be/5wTFNnAYxLU
ジョナス・メカスhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%AB%E3%82%B9
マン・レイhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%83%9E%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%AC%E3%82%A4
園子温https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%9C%92%E5%AD%90%E6%B8%A9
黒沢清https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%BB%92%E6%B2%A2%E6%B8%85

+たまたまインタビュー + vol.26「愛知県美術館の主任学芸員の越後谷卓司さんのお話 その2」

インタビュアー:フィリップ(ワラビモチ愛好会会長、IAMASアカデミー5期生)
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今回は、愛知県美術館の越後谷卓司さんです。2021年のはじめ頃にたまたまアートラボあいちに展示を観に行った時にお会いしたので、インタビューをお願いしました(インタビューは3/14に芸文センターにて)。
フィリップ(以下P):「なるほど。80年代は新しいものが一杯あったいい時代というイメージがあります」E:「僕は中学から大学にかけてが80年代だったんですけど、実体験からいうと、80年代は前半と後半で全然違うんです。前半は下積みで長くやってた相米慎二とか、漫画でも大友克洋とかが出てきて新しいことが始まるんじゃないかという雰囲気があったんです。後半になってみるとバブル景気の影響で、映画だと異業種の監督が登場する。例えば高田賢三が映画撮ったりとか。」P:「あー確かにそっちの方がイメージ強いですね。異業種の人が音楽やるとか。」E:「その中で一番成功したのは北野武。」P:「へえー」E:「だから、80年代で何か新しいことが起こりそうな感じがあったのは特に前半の方で、ただそれが花開いたのかとか、どう定着したのかとかいうとちょっと心もとないですけどね。」P:「あまりそういう視点で見たことがないので面白いです。」
P:「実験映像について少し勉強しようと思ったのですが、幅が広すぎてどう説明していいのか…。」E:「テレビでなかなか取り上げられないということもあるけれど、歴史的な後付けがまだなされていないのが、実験映画ってよくわからないと言われてしまう一つの理由なんですけど、はっきりしているのは1920年代のアバンギャルド芸術の中の新しいメディアとしてのフィルムにアーティストとか映画監督が飛びついて、マルセル・デュシャンなんかもそうです。そういう時代があってもう一つが戦後のアメリカでブラッケージとかメカスとかが出てきて彼らは新しい映画の運動をしようとしたんですよ。それはゴダールとかトリュフォーなんかのヌーヴェルバーグにどっちかっていうと近い動きで映画の変革みたいなことをやろうとしたんですね。それがあとでうまく引き継がれていないというか、完全に繋がっているわけじゃなくて、それぞれがアートの領域の新しい動きだったり、ビデオという新しいメディアをどう扱うかみたいな、それぞれが別の性格づけがあるんで、それを全体としてどう捉えるかというと、非常に難しいというか、実験映画というジャンルが確立したかというとそうではないと思うんですよ。むしろ映画でも美術でもいいんですけど、新しいものを生み出す・革新してゆく精神みたいなものなんじゃないかと。」P:「なるほど」E:「そういう意味でいうと小田香さんの『セノーテ』はかなり実験映画のニュアンスを汲んでいる作品だと思うけど、彼女自身がどこまでそれを意識しているかはわからないですけどね。」P:「聞いてて思い出したのが、IAMAS行ってたと言ったらメディアアートって何と聞かれて答えに困ったことが…。あと実験映像の知識がないと、実験って聞くと、普通とは違うことをしているのかな?とざっくりしたイメージしか持っていなくて、色々聞いていくと色々流れがあるんだなーという、そんな知識しかないのですが…。」E:「実験音楽もジョン・ケージとかフィリップ・グラスまでははっきりしていて、大友良英さんはかなりその流れも引いていますが、ポピュラーな方面の仕事もされていますし、音楽でもそうだから、時代の変遷に左右されちゃうんで、あと時間が経つとそのメディア自体が古くなっちゃうんで。」P:「そうなんですよね。」E:「ビデオももうアナログビデオと見られて、それだけで古臭いとか見られてしまうのが残念。メディアは古いかもしれないけど、そこでやられていることは今でも通じるし、面白いものはたくさんあると思うんですけど。そこまで見ようと到達してくれる人が少ない。」P:「ジョン・ケージの作品とか見ると、今思いつくようなことはすでにこの人がやってたんだなと思ったりします。実験映像でもそういう人はいるんでしょうか?」E:「ブラッケージとかメカスかな。メカスは特にプライベートな感じで対象にアプローチするのが、今ではドキュメンタリーもそっちの方が主流になっちゃったけど、昔はもっとNHKが歴史を語るとか、大きなところから俯瞰して構えていた映像が多い中で、メカスは最初からコミュニケーションのツールとして用いていた、プライベートな視点で撮っていて、でもそこから歴史がすけて見えるのが、今見ても先駆的で学べることは多いんじゃないかと思います。」
– 次回へ続く –
Warabimochoja ワラビモ長者 愛知県美術館 主任学芸員 越後谷さんのお話 前半https://youtu.be/2swRKXfkbtw
Warabimochoja ワラビモ長者 愛知県美術館 主任学芸員 越後谷さんのお話 後半https://youtu.be/5wTFNnAYxLU
相米慎二https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9B%B8%E7%B1%B3%E6%85%8E%E4%BA%8C
大友克洋https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8F%8B%E5%85%8B%E6%B4%8B
高田賢三https://ja.wikipedia.org/wiki/%E9%AB%98%E7%94%B0%E8%B3%A2%E4%B8%89
小田香「セノーテ」http://aragane-film.info/cenote/#unit_top
ジョン・ケージhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B8
大友良英https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%A4%A7%E5%8F%8B%E8%89%AF%E8%8B%B1

+たまたまインタビュー+ vol.25「愛知県美術館の主任学芸員の越後谷卓司さんのお話 その1

インタビュアー:フィリップ(ワラビモチ愛好会会長、IAMASアカデミー5期生)

————————————————————————————–今回は、愛知県美術館の越後谷卓司さんです。2021年のはじめ頃にたまたまアートラボあいちに展示を観に行った時にお会いしたので、インタビューをお願いしました(インタビューは3/14に芸文センターにて)。
フィリップ(以下P):「こんにちは、越後谷さんの簡単な自己紹介をお願いします。」越後谷さん(以下E):「愛知県美術館の主任学芸員の越後谷です。元々は愛知県文化情報センターの学芸員だったんですけど、今は美術館の学芸員です。」P:「そうか、愛知芸術文化センターが変わったんですね。」E:「2014年に文化情報センターの組織が解体されたので、事業部門にいた人は劇場と美術館に移動したんですよ。」P:「あまりわかってなかったのですが、名刺が変わったのはそういう訳だったんですね」E:「文化情報センターは劇場でも美術館でもなく、まあその両方をまたがるような仕事をしていたという…。」P:「なるほどだから、実験映画とか、現代音楽とか、コンテンポラリーダンスとかマニアックなものを名古屋で観ることができていたんですね。越後谷さんはなぜ実験映画に興味を持つようになられたんでしょうか?」E:「最初にその手の作品に触れたのは中学生くらい。80年代のはじめぐらいですけど、丁度その頃にアニメーションブームがあって、『宇宙戦艦ヤマト』とか、『銀河鉄道999』とかがあったんですけど、まあそういうメジャーな劇場用アニメーションではなくて、1日くらいの小規模なサークルの集まりで、ちょっと変わったアニメーション上映しているとニュース等で聞くんです。例えばノーマン・マクラレンとかそこら辺の名前とか知るようになって、当時はなかなか実験映画を観る機会がなかったんですけど、多摩美術大学に入ったら、アニメーション研究会が新入生の歓迎で色々イベントやるんですよ。そこでマクラレンも観れて、ああこういうやつだったんだ、みたいな。」P:「へえー!中学生から興味持たれていたんですね。」E:「アニドウ、つまり、アニメーション同好会っていう、プロのアニメーターとかアニメーション研究者とか、こっちの方だと森卓也さんのような評論家だったりとか、杉本五郎さんという漫画家でフィルムコレクターの方とかが協力して、プロというか研究者とかに近い人たちが集まったグループがあって、杉本さんが若い人たちのために、と見せてくれる機会があったり、大使館からフィルム借りて上映会したりしてたんです。」P:「越後谷さんは師匠がいらっしゃいますか?」E:「何人かいるんですけど、一番最初は大学の時の先生だった萩原朔美さんという方で、萩原さんを知ったのは確かNHKの教育(現在はEテレ)で萩原さんの作品を紹介する番組があったんですよ。リンゴを1年間撮って腐っていくのを映画にするとかを紹介していて、こんなことやってて仕事になるんだと名前を覚えていて、大学受験するときに、多摩美で教えていることを知って、3,4年で指導を受けたんだけど、放任主義で学生が何かやれば反応するという感じで。」P:「その頃はご自分でも映像を作られていたんですか?」E:「そうですね、当時は作家志向だったので、先生にも叩かれていました。」P:「その頃好きだった作家さんはいらっしゃいますか?」E:「入った頃がビデオアートブームみたいな時期で。丁度大学入った年にナム・ジュン・パイクの個展があったり、ビル・ヴィオラのことも話題になっていたんだけど、1,2年の時の指導教官の海老塚耕一さんはビル・ヴィオラがあまり好きでなくてなかなか見せてくれなかったですけど1回だけ見せてくれたんです。ビル・ヴィオラが砂漠で撮った『チョットエル-ジェリド』というもので、やっぱり当時はみんなナム・ジュン・パイクよりもまず第一にビル・ヴィオラっていう。」P:「あーでも、ちょっと違いますよね、ナム・ジュン・パイクは映像よりモノが目に入ってくる感じです。」E:「その当時フィルム主流でそうではないビデオの特性を追求しなきゃダメなんじゃないか。もちろんパイクもヴィオラもビデオでしかできないことをやってるんだけども、ビル・ヴィオラの方がビデオの本質に近いというか。あとナム・ジュン・パイクだとビデオシンセサイザー使ってて、そんなの学生には触れることすらできない。だったらビル・ヴィオラみたいに撮影にこだわって作品を作るしかやりようがないのかなっていうのが現実だったんですね。」
– 次回へ続く –
Warabimochoja ワラビモ長者 愛知県美術館 主任学芸員 越後谷さんのお話 前半https://youtu.be/2swRKXfkbtw
愛知県美術館https://www-art.aac.pref.aichi.jp/
森卓也https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A3%AE%E5%8D%93%E4%B9%9F
杉本五郎 (漫画家) Wikipediahttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9D%89%E6%9C%AC%E4%BA%94%E9%83%8E_(%E6%BC%AB%E7%94%BB%E5%AE%B6)
萩原朔美https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%90%A9%E5%8E%9F%E6%9C%94%E7%BE%8E
海老塚耕一https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%B5%B7%E8%80%81%E5%A1%9A%E8%80%95%E4%B8%80
スタン・ブラッケージhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B9%E3%82%BF%E3%83%B3%E3%83%BB%E3%83%96%E3%83%A9%E3%83%83%E3%82%B1%E3%83%BC%E3%82%B8
ジョナス・メカスhttps://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B8%E3%83%A7%E3%83%8A%E3%82%B9%E3%83%BB%E3%83%A1%E3%82%AB%E3%82%B9

ヌートリアまわり通信_古田さんインタビュー20210122

  1. +たまたまインタビュー + vol.22「ちくさ正文館 古田一晴さん」
     インタビュアー:フィリップ(ワラビモチ愛好会会長)

今回は、名古屋のちくさ正文館の名物店長古田一晴さんです。
1974年にちくさ正文館にバイトで入り、78年社員。それ以後ちくさ正文館の名物としていらっしゃいます。
古田さんは本屋以外の顔として実験映像の作家としても長年活動されており、実験映像の方のお話を伺いました。

フィリップ(以下P):「こんにちは、古田さんの簡単な自己紹介をお願いします。」
古田さん(以下F):「本屋です。」
P:「古田さんのもう一つの顔である実験映像の制作はいつからされているんでしょうか?」
F:「高校からです。小中学校の時に洋画にはまって、高校から作り出しました。」
P:「当時はどんな洋画を観られていましたか?」
F:「小学生の頃にダブル・オー・セブン、ドクターノオの1962年のロードショーなんかを見て映画を観るようになって、高校からは唐十郎とか1968~69年くらいのアングラブームが来て。」
P:「ダブル・オー・セブンや唐十郎をリアルタイムに劇場で観られたんですね。」
F:「この頃は自分がまだ固まっていなかったと思っていたけど、実はもっとガキの時代の方が自分に影響していることにこの年になって気づいた。まだ、日本が平均的に豊かになっていない時代、戦中に止まっていた近代的なものと、貧しかった原風景が同時に来たのをリアルに見たことが映画以前に自分を作ったのかなあ。焼け野原が大曽根にまだあったもんなあ。」
P:「戦後の風景は、話や記録では観たことがありますが、リアルで見られたんですね。」
F:「僕が高校の頃は自主上映が始まって、撮影技術もない奴らが勝手に映像を作り始めた時代で、でもその頃の映写機なんて車より高いし、本当にお金がかかってねえ。」
P:「今とは全然環境が違いますね。」
F:「アメリカの実験映画は、1960年代半ばくらいに草月が実験映画のイベントを始めたくらいで、戦後のある時期(1952年)まではほとんど入ってきていなかったけど、僕たちのいう実験映画はその50年代の暗いアメリカのアングラ映画の延長線上にあるもので、それを今でも続けている。」
P:「知りませんでした。実験的な映像=実験映画だと思っていました。」F:「高校になったら自主上映をやりたくてしょうがなくて、学校の中では出来たので映画研究会を作ってやり方をマスターして、その頃から日本映画もちゃんと勉強して、まともな映画論の本も60年代に出てきたけど、まだ情報量が少なかった。大学入っても自主映画を企画して。」
P:「ちゃんと実験映像の話を聞いたことがなかったので興味深かったです。ありがとうございました!」

ちくさ正文館:
https://chikusashobunkan.jimdofree.com/%E4%BC%9A%E7%A4%BE%E6%A6%82%E8%A6%81/

出版:名古屋とちくさ正文館―出版人に聞く〈11〉 (出版人に聞く 11) (日本語) 単行本 – 2013/9/1
https://www.amazon.co.jp/%E5%90%8D%E5%8F%A4%E5%B1%8B%E3%81%A8%E3%81%A1%E3%81%8F%E3%81%95%E6%AD%A3%E6%96%87%E9%A4%A8%E2%80%95%E5%87%BA%E7%89%88%E4%BA%BA%E3%81%AB%E8%81%9E%E3%81%8F%E3%80%8811%E3%80%89-%E5%87%BA%E7%89%88%E4%BA%BA%E3%81%AB%E8%81%9E%E3%81%8F-11-%E5%8F%A4%E7%94%B0-%E4%B8%80%E6%99%B4/dp/4846012727

書店員さんがオススメするフィルムアート社の本 > 第4回目:ちくさ正文館・古田一晴さん
http://www.kaminotane.com/2018/07/18/2969/

ファン通う名物書店 ちくさ正文館書店
https://www.chukei-news.co.jp/news/2020/04/11/OK0002004110301_04/

Warabimochoja ワラビモ長者 ちくさ正文館 古田さんの話 20200122
https://youtu.be/TBspppibME0

ヒスロムツアー 2015 at Nagoyaにワラビモチ持っていきます

ヒスロムツアー 2015/7/15
「まちをきく – 総重量3トンの道中伝記-」
にワラビモチで参加します!
なんと、映画監督の柴田剛さん(おそいひと、堀川中立売の!)も一緒にいらっしゃるそうです!!
とても楽しいと思うので、ぜひおいでください。

[無事終了 感想]
私は蕨餅を持ってくだけの係だと思っていたら、なんと10分時間を与えてもらった。
hyslomの吉田君が何度かコンタクトをとってきてくれたのは、実は出てくれってことだったのね、、と気づいたのは当日(準備で忙しすぎで色々伝達できなかったらしいw私も気づけよ)。私はわらび餅とくず餅の食べ比べを実験しました。

あと柴田剛さんの相変わらずすごい作品の上映(本人もかなり面白い雰囲気の方だった)、
hyslomのパフォーマンスは、、かなり驚いた。
あれはもっと多くの人に目撃してほしかった。
というくらい力があった(ていうかマジ力仕事)。

あと余談ですが、柴田剛さんの「おそいひと」、「堀川中立売」は観るべき作品だと思う。

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ヒスロムツアー 2015
「まちをきく – 総重量3トンの道中伝記-」

7/15(水)19:30〜22:00
まちをきくⅢ
名古屋 @パルル/parlwr
愛知県名古屋市中区新栄2-2-19 新栄グリーンハイツ 1F
柴田剛・ヒスロム
料金2,000円(1ドリンク込み)

ヒスロムツアー
ヒスロム(アーティスト・グループ) と柴田剛(映画監督) の映画上映とパフォーマンス
2015.7.15(wed)19:30- @ パルル/parlwr

hyslom

hyslom/ヒスロム
http://hyslom.com/

2009年からhyslom/ヒスロム(加藤至・星野文紀・吉田祐)は山から都市に移り変わる場所を定期的に探険している。この場所の変化を自分たちが身体で実感する事を一番重点に置き、その時々の遊びや物語りの撮影を行う。ここでの記録資料を作るにあたり、映像、写真の他に出会った人々を演じることや、日記、スケッチの作成、立体物の制作やパフォーマンスなど様々な方法を試みている。2012年第6回AACサウンドパフォーマンス道場で優秀賞を受賞。

hyslomの動画
https://www.youtube.com/watch?v=rzSY7ed8G3E
映画監督の柴田剛さん
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%9F%B4%E7%94%B0%E5%89%9B

“仕事になっちゃったら面白くないからさ” シネマテークスタッフが語る名古屋映画館事情 2008年のpodcastを文字おこししてくれた

http://www.ascii.fm/entry/2015/04/04/140110を、ascii.fmさんが文字起こししてくださいました。びっくり!
ascii.fmさんは、気になるポッドキャスト・ラジオ・動画を書き起こしていく文字が大好きなチームです。
(というか、スタンドファームのトヨシさんが趣味でやっているものです)。ちなみにスタンドファームさんはMisocaというとても便利な請求書サービスなどを作られています。
なんと物好きな!
ascii

追記:シネマテークさん曰く、気楽に話してたり、今となっては変わって来た部分もあるので、一杯修正したい部分があるけど
まあ、それはそれでいいよね、とのこと。この話は2008年のはなしです

2010/8/1 夏のかなやま音像祭でパフォーマンスします

夏のかなやま音像会

というイベントに
ライブ枠で参加する事になりました。
名芸の学生さんが主体で企画されたもので、夏の素敵なイベントって感じです。
私は南米系の珈琲大好き(コロンビア、ロースト)なんで、うまい珈琲が飲めそうだと期待をしていたりしますw

以下詳細です

夏のかなやま音像会
 日時:2010/8/1
    open 19:30
    start 20:00
 料金:1500円+1ドリンク
 会場:ブラジルコーヒー
    名古屋市中区金山4-6-22コスモビル1F
    金山駅北口より徒歩3分
    →アクセスページへ
 主催:ブラジルコーヒー、佐藤美代
 協力:林緑子(ANIMATION TAPES)
    吉田雅彦(TAFF)
 企画:佐藤美代
 web :http://onzoukai0801.web.fc2.com/index.html
前澤あい
 後援:名古屋芸術大学
 共催:金山橋連合商店街振興組合

「夏のかなやま音像会」はアニメーションを主とした映像作品の上映、また、様々な表現形態で活躍なさっているアーティストのライブを企画したイベントです。
映像と音楽とは切り離せないもの同士であり、同じスペースで上映、ライブをやることによりエンターテイメント性が増し、観る側もさらに楽しんでもらえるのでないかと思い、こういった催しをすることにいたしました。
映像作品は、主に東海地区や関東地方で出会った作品を計20作品上映し、ライブでは出演するアーティスト2組とも東海地区を拠点に様々な場所で刺激的な活動をされているアーティストのライブを行います。(佐藤美代)

top-1

みんなで育てるアニメーション

みんなで育てるアニメーション
というイベントが行われるようです。名古屋でここまで
アニメーションの大きなイベントは珍しいので楽しみです
11/3はなぜか私も司会で参加することになりました

視覚文化をめぐる学際シンポジウム
 [みんなで育てるアニメーション]
2008年11月1日(土)-3日(月・祝)12時-20時
名古屋大学・野依記念学術交流館
参加費 無料と有料(1プログラム学生500円/一般700円)
主催: [みんなで育てるアニメーション]実行委員会
後援: 日本映像学会中部支部

【上映企画】
1日目: animationsoup、ANIMATION80、近畿アニメーション協議会事務局、TACなど
2日目: 国内学生作品
3日目: 相原信洋氏、Animations新作、木下蓮三氏、眞賀里文子氏、村田朋泰氏など

【講演】
1日目:「上映会のつくり方」 
出演 浅野優子氏、ヨシムラエリ氏など
2日目:「進化する映像表現とアニメーション教育」
パネリスト:笠原浩氏、杉井ギサブロー氏、古川タク氏

【ワークショップ】 
トリガーデバイス、スタジオきんぎょ

【展示】
名古屋学芸大学アニメーションプロジェクト、DOTMOV FESTIVAL 2008

JOY DIVISION

シネマテークにて
金曜夜で最終日だったせいか席は満員だった
すっごくかっこよかった

ニューオーダーのレコやCDは持ってるけどJOY DIVISIONは視聴したとき
あまりの暗さに、やめてしまった記憶があるが(新宿の某レコやで)
このドキュメンタリーを観て、私の感覚は間違ってなかったと思った
(実際ものすごく暗い歌詞だったことがわかった)

ただ、やっぱり聴いておくべきだったとすごく思った
かっこよすぎる、そして、最初にパンクに衝撃を受けた話とか
私が初めてプラスチックスを聴いた時の衝撃と一緒だと思った。
今でも私の人生のなかで一番衝撃が走ったのはあの時だったと思うもん
その割には全然音楽活動ちゃんとやってないけど、それはそれでいいのだ!